ユニセックスを基本とする、
シンプルで美しい佇まい。
「モノ・プロダクトとして成立するような整頓された美しい日常着」。「毎日の暮らしに寄り添い、しなやかな佇まいを感じてもらえる服」をテーマに、ユニセックスを基本とするコレクションを発表するアパレル・ブランド〈caart.〉。
デザイナーの橋本知子さんは広告クリエイティブエージェンシー GROUNDで働いた後に服飾パターンを学び、2014年に〈caart.〉を設立。シンプルなだけでなく、しなやかな印象を受けるデザインは、ミリ単位でこだわるパターン、上質な縫製を支える職人、そして、流行に左右されない洋服を目指す橋本さんの想いによって実現しています。今回は橋本さんにブランドのこだわりについてお話を伺いました。
デザインには明快な理由がある。
プロダクトのような洋服を追求。
まず最初に伺ったのは〈caart.〉のブランドコンセプト。プロダクトのような洋服とはいったいどのような服なのでしょうか?
橋本:『〈caart.〉のコンセプトは、モノ・プロダクトのように整理整頓されていて美しい佇まいであること。また、街で着られる日常着であることを大切にして作っています。ナチュラルではなく「整理整頓」という考え方にこだわっていて、少しモダンで少しソリッド、そしてシャープな佇まい。ニュートラルな雰囲気を大切にしています。私は広告出身なのでデザインには必ず明快な理由があると思っています。デザインと表現は異なるんですよね。だから、ファッション業界でよく耳にする「今シーズンのテーマは・・・」というテーマ性は素敵だなと思う反面、私自身にはよく理解できないんです。表現よりのことはわからないので、ビシッと緻密に設計されて細部まで美しいものを製作したいと思っています。縫製ひとつひとつにも理由があってその形が生まれる。洋服もプロダクトと捉え、人が着たときに「佇まいが決まる」のが大事。その考え方は、前職のクリエイティブエージェンシーで学んだバックボーンの影響が強いですね』
「締める」、「柔らかさ」、「明るさ」。
ブランド・カラー3色が果たす役割。
「いいデザインには理由がある」とよく言われますが、それは使う人のことを考えて作られているから。また、「整理整頓された部屋の美しさ」も普段からそれを心がけているから生まれるもの。橋本さんが作る洋服は、そのような考え方に近いものがあります。〈caart.〉のブランド・カラーとして、ベーシックな3色が選ばれたことにも理由がありました。
橋本:『ブランドカラーはネイビー、ホワイト、グレー。それ以外の色は基本的に使いません。各色には役割があってネイビーは「締める」、グレーは「柔らかさ」、白は「明るさ」。それを組み合わせることで、生活の色としては十分成立すると思っています。もちろんグレーにもミディアムグレーからライトグレーまであるし、ネイビーも黒に近い濃紺からライトブルーまである。そのグラデーションから選んでいます。ホワイトはできるだけ白色度の高い真っ白を大切にしていますね。なぜかというと、全体的な雰囲気を青色によせることで清潔感とシャープな印象を出したいから。そのため、あまり生成り色は使いません。ただし、天竺や裏毛など生成り色の素材を使うこともあるので、ウールを含めて基本的にはなるべく白色度の高いホワイトを選んでいます。時には黒も使いますけど、滅多にないですね。モノトーンになるとモード感だったり、他の意味合いを感じさせるので、ニュートラルから外れてしまうと考えています』
人間の平均身長から導き出す、
身体を美しく収納するサイズ。
では、実際に手がけている洋服には、橋本さんのこだわりがどのようにデザインに落とし込まれているのでしょうか。商品を見ながら解説していただきました。
橋本:『最初に作ったのはカットソーです。フレンチスリーブの型を応用してボディと袖をつなぐラインを肩の高さから10cmぐっと下げました。それはどんな肩幅の人が着ても肩のラインがきれいに見えるように。私自身、肩幅が男性並みに大きくて普通の女性ものの服だと、肩の生地幅が足りないことが多いんですよね。それで、肩幅で悩んでいる人も多いだろうと思って、身幅さえ合えば誰にでも合う形を考えました。ただ、ドロップショルダーと言われる肩・袖の切り替え、少しだけ肩のラインを下げるのでは、ナチュラルな印象が強くなる。そのため、思い切って切り替えのラインをぐっと下げることにしたんです。10cmという切り替えの位置は、つなぎ目のラインが胸の位置で地面と水平になり、かつ中央の軸と垂直になる。だから、ビシッと整っている印象になるんです。そのポイントを探しながらコツコツと調整を重ねました』
「美しいデザインの法則」は、
緻密な設計によって生まれる。
洋服を選ぶときに、普通は縫製の位置が何cmにあるかなんて考えませんが、橋本さんの話を聞いていると、〈caart.〉の洋服がシンプルなのにしなやかな印象なのは、緻密なパターン設計によるものだとわかってきます。そのため、今回はあえて橋本さんの数字のこだわり、デザインの理由を深掘りすることにしました。
橋本:『全体のシルエットは少し余裕が出るように、基本サイズから身衣全体で10cmぐらいゆとりを設けています。また、人間の手の長さは平均寸法で約18cm前後なので、カフスは手首から9センチ長めにしています。腕を下ろしたときにきれいなのは、手が半分、隠れるぐらい。腰回りの切り替え部分とも同寸なので、腕を下ろしたときに、ぴたっと丈が揃い、美しく見えると考えています』
このように人間の身体を美しく収納するようなイメージで、デザインに必要な数字を導き出していくのが橋本さんのスタイル。その「美しいデザインの法則」は、〈caart.〉すべての商品に応用されていきます。
〈caart.〉の洋服を合わせると、
どんどん整理整頓されていく。
橋本:『カットソーで基本の型ができたので、商品ラインナップを増やすときは、そのルールを適用しながらデザインを考えています。だから〈caart.〉の洋服同士を合わせると、どんどん整理整頓されていくんですよね。私は無印のユニット・シェルフが好きで、その考え方に近いです。ベースとなる枠があって、そこに全ての関連パーツが収まるように設計されている。引き出しやバスケットなどのパーツを規格統一し、カラートーンを制限することで、物を増やしてもどんどん整理整頓されていく。それと同じ考え方を取り入れています。
例えば、カットソーの襟ぐりが2cmなので、オックスフォード・シャツの前たても2cm。同じ幅にすることで、首を包むラインが中心からすっと下りてくるように見えるんですよね。そしてアクセントとなる胸のカラー・ラインは5mm。これは前立て2cmを4分割した数字です。肩と袖の切り替えのラインと同じ高さになるように設計しました』
このように〈caart.〉では商品が増えるごとに人間の平均寸法を元にした「美の法則」が生まれていきます。襟ぐりは2cm、カフスは9cm、タートルネックやフードの首もとは15cm、カラー・ラインは5mm・・・というように。また、洋服と洋服を合わせることを考えて、また新たな法則も生まれます。
橋本:『よく、シャツとカットソーを合わせるとシャツの裾が長く出てしまって、だらしなく見えることってありますよね。それが許せなくって(笑)。〈caart.〉の服で合わせると、シャツの裾は前が6cm、後ろが9.5cm見えるように設計されています。だからきれいに見える。これもユニット・シェルフの考え方と一緒ですね。Yシャツの襟は首もとのカーブを少し強くしてシャープに見えるようにしています。だからYシャツが好きな方に「襟がきれいだね」と言われるとすごく嬉しいです』
徹底的に整理整頓するデザインを追求する橋本さんですが、そのこだわりは、どこからきているのでしょうか?
橋本:『ごちゃごちゃしているのが落ち着かないんですよね。母が言うには、畳んだ洗濯物がちょっと曲がっているだけでも、直すような子供だったそうです。自分の家の中もそうですけど、すっきりしていないと気が滅入るんです(笑)。洋服では、せっかく高いお金を出して買ったのに、縫製が丁寧でないせいで、洗濯すると形が大きく歪んだり、糸が出てくるような製品は悲しいです。だから〈caart.〉では、細部まで美しい縫製にもこだわっています』
デザイナーの想いを昇華する、
職人の優れた縫製技術。
〈caart.〉の服は、縫製の町として由緒ある街、埼玉県羽生市の縫製工場で作られています。それは、「縫製・仕様のひとつひとつもデザインであり、質が高く、細部まできちんと整った美しいものを日常着として届けたい」という橋本さんの想いがあるからです。
橋本:『お願いしている縫製職人さんたちは本当に素晴らしい方々で、「縫製とは想像力だ」とおっしゃるんです。「デザイナーがやりたいことを想像して、常に一歩先のものに昇華するのが縫製である」と。最初は、無名の私のお仕事なんて受けていただけないと思っていました。でも、どうしてもその工場とお仕事がしたくてコンセプトシートとプレゼンシート、原寸のパターン、実際に自身で製作した実物を持ってお願いしにいきました。そしたら「いまどき、こんなにしっかりコンセプトを決めている子は珍しいし、コンセプトが面白いからやってみよう」と言ってくださったんです。普通では難しいことをお願いしても必ず具現化してくれるし、より良くするために細やかな提案をしてくださる。Tシャツの縫製ひとつとっても、特別な技法が施されていて、通常よりずっと細やかで美しい仕上がりなんです。また、〈caart.〉のブランドタグがフックにかけられる仕様も職人さんの提案によるもの。本当にいつも頼もしい存在で、感謝しています』
優れたプロダクトを生み出すためには、デザインを具現化する技術があってこそ。橋本さんが緻密に導き出したパターンを、職人の技術が支えることで、プロダクトのような洋服が完成しています。最後に〈caart.〉のブランド名の由来について伺いました。
スーパーマーケットのカートのように、
みんなが親しめるブランドに。
橋本:『ブランド名には、日用品をカートにいれてくださいね、という想いを込めました。あとは、音の響きがいいと思ったんですよね。「カ」という硬質の音と、柔らかい「ト」の音が入っているので、覚えやすいし口ずさみやすい。「a」がふたつあるのと「.」がついているのは、ロゴやWEBサイトのディレクションをしてくださっている中村勇吾さんと打ち合わせをしながら、ロゴとしての表情を見ながら決めていきました』
橋本さんが目指すモノ・プロダクトとして成立する日常着とは、着る人が心地よく、かつ、佇まいが美しくなる設計によるものだと伝わってきました。例えば、スウェットを上下で着ると、ルームウェアのような印象になりがちですが、〈caart.〉で揃えると、タウンユースのスタイリングとして機能する。それは、「デザインには必ず明快な理由がある」という信念のもと、ものづくりを緻密に計画立てて行なっているからだと思います。
「美しいデザインの法則」のもと、自分自身の身体が整理整頓されていく気持ち良さを、ぜひ、味わってみてください。
▽〈caart.〉のアイテムはこちら。