昨年夏、EDIT LIFEでは地方でまちづくりに尽力するキーパーソンを招いたトークイベント『MAKERS MAKE A CITY 〜まちづくり、ものづくり』を開催しました。イベント期間は終了していますが、WEBでは引き続き、地方で活躍する方々のインタビューを掲載していきます。
今回ご紹介するのは、小学生から大学生までを対象にソフトウェアの開発やウェブデザインを学ぶ環境を提供している「イトナブ石巻」。「震災から10年後の2021年までに石巻から1000人のIT技術者を育成する」というミッションを掲げ、活動しているチームです。代表の古山隆幸さんにその活動やこれまでの成果、これからのまちづくりについてお話を伺いました。
ちょうど東京出張に来ていた古山さんとEDIT LIFEでお会いすることができました。
若者が育つ環境は、大人の背中を見せることから生まれる
ー子どもたちにソフトウェアの開発やWEBデザインを教えていらっしゃると伺って、まず最初に寺子屋のようなイメージが思い浮かびました。
古山隆幸さん(以下、古山):今でこそ石巻市内に3カ所のスペースを持っていますが、最初は本当に神社の境内でMacBookを開いて教えていたりしたんですよ(笑)。だから、そのイメージはかなり近いと思います。
ー「イトナブ石巻」の立ち上げは2012年ですよね。そのきっかけから教えていただけますか?
古山:震災があったこともひとつのきっかけではありますが、この活動のベースになったのは、僕自身が昔、自分の進路を考えるときに抱いた石巻に対するモヤモヤなんです。
ーご出身が石巻なんですね。
古山:はい。石巻には山も海もあって、自然が豊かないい街なんですが、高校3年生で進路を考え始めた頃、この街には自分のやりたい仕事がないと思ったんですよね。僕が通っていた工業高校の卒業生は9割以上が就職するんですが、田舎なので就職の選択肢が公務員か電子部品製造業、水産加工業か製紙業と限られていました。全く新しい何かに挑戦したいと思っても、まずアイデアが浮かばないし、周りを見渡してもお手本にしたくなるような格好いい大人がいなかったんです。結局、田舎では何も見つからないと、就職せずに埼玉の大学に進学してITと出会ったわけです。
ー当時の石巻には新しくチャレンジができる環境が少なかったんですね。
古山:そう思います。やっぱり若者が育つ環境って、チャレンジしている大人の背中を見せることで生まれるものだと思うんです。今はネットがあるから知識はすぐに得られますが、その知識の正しい使い方や広げ方は独学ではなかなか身につかないもの。かつての僕がそうだったように、今もきっとそんなモヤモヤを抱えている学生がいるんじゃないかと思ってITの技術を教えるため、そして、僕たちが挑戦している姿を子どもたちに見せるためにイトナブを立ち上げました。
ー挑戦している大人の背中を見せる。素敵な発想だと思います。いま、イトナブでは、具体的にどのような活動をされているんですか? また、子どもたちはどのように参加するんですか?
古山:事務所を開放して、子供たちがいつでも立ち寄ることができる環境を作っています。あと大きくは3ヶ月を1シーズンとして、『東北TECH道場』という名前で外部からエンジニアを招いてアプリ開発のワークショップをしたり、毎年夏に開発イベント『石巻ハッカソン』を開催しています。これは、これまで全くアプリを作ったことのない未経験者からリリース経験のある人まで、全国から参加者を募ってチームにわかれ、3日間のイベント中にアプリを開発するというものです。
ーIT漬けの合宿とは楽しそうですね。
古山:毎年けっこうドラマチックなんですよ。昨年は「海」というテーマで行ったんですが、今まで紙で入力していた情報をアプリでデータ化し、牡蠣の穫りやすい時期を予測しやすくする「かきっち」というソフトウェアを開発したチームが最優秀賞に輝きました。
昨年で4回目となった『石巻ハッカソン』。参加者はチームにわかれ、3日間の合宿中に1本のアプリを開発します。2016年も7月22〜24日に開催されるそう。
イトナブ石巻で成長する子どもたち
ー牡蠣漁のためのアプリとは、石巻ならではですね! イトナブは今年で設立5年目だと思いますが、これまでにどんな子どもたちがイトナブを訪れて、どのように成長したのかの事例があれば聞かせてください。
古山:第一世代とでも言いますか、設立当初の2012年からイトナブに通っていて、現在はイトナブのメンバーになったふたりのキープレイヤーがいます。ひとりは当時、高校3年生だったデルシオというあだ名の学生。頭のいい子ですが、当時はネットゲーム漬けの生活で、家でPCばかり触っているような学生だったんです。イトナブをきっかけに開発の世界を知って、なにしろ元々オタク気質ですから、どっぷりITにハマって。元々は就職志望だったのに専門学校への進学に切り替えて、卒業後すぐにイトナブに入ってきました。面白い奴で、「俺はイトナブを儲けさせるために来ました。俺は稼ぎますよ」って言うんですよ(笑)。
ーたくましいですね。古山さんから見て、彼は稼げそうですか?
古山:はい、稼げると思います。若いので技術はまだまだこれからですが、何かしらのイノベーションを起こすような予感がするすごい奴です。昨年の4月に入社して、横須賀、葉山での研修を経たあとに早速、研修ではなく仕事として神田にある企業のアプリ開発のサポートをしたりしています。面白いですよ。
イトナブ石巻の事務所の風景。
ーもうひとりのキープレイヤーはどんな方ですか?
古山:設立当時は大学3年生だったフィッシュです。彼もいまはイトナブのメンバーですが、実は彼には早くイトナブを辞めろと言っているんですよ。
ーそれはなぜ?
古山:石巻に唯一ある大学の卒業生だからです。サービスを立ち上げる技術ももう十分に備わっていると思うし、石巻の子どもたちのお手本になるべく、彼には会社を立ち上げてほしいんですよね。彼には、子どもたちにその背中を見せられる実力があると思うから。
ーなんだか熱い話ですね。ぐっと来ます。現在、イトナブに通っている子供たちには、どんな才能がいますか?
古山:シュウタロウという小学5年生からイトナブに出入りしている子がいます。今は中学生で、ずっと開発を学んでいたんですが、最近、突然ユーチューバーになりたいと言いだしました。「この歳で週に2回、YouTubeにコンテンツをアップしたら、絶対にどこかのメディアがキャッチするよね」とか言うんですよ(笑)。小生意気でしょう?
ー面白いですね(笑)。ユーチューバーも悪くないですが、実際には、そう簡単にいくとは限らないのが現実ですよね。そういうときにはどうアドバイスされるんですか?
古山:彼には「じゃあやってみたら?」と言いました。うちには一応撮影機材もありますから。でもユーチューバーになりたいと言っているだけで、実際にはまだ行動に移していないようですね。彼と同世代でユズキという中学生もいて、昨年彼をシリコンバレーの視察に同行させたんですよ。
ーへぇ!子どもたちを海外に連れて行かれたりもするんですね。
古山:はい、それも大人の背中を見せるという意味で。伸びようとする子にはどんどん新しい経験をさせたいと思っています。
ーユズキ君はシリコンバレーに行ったことで、変化はありましたか?
古山:最初は外国が楽しくて、へらへらしながら「This is a pen」とか言ってたんですけどね。帰りの飛行機で「俺、本気で英語やるわ」って話していました。負けず嫌いだから、言葉の障壁で想いを伝えられなかったことが悔しかったようです。
ーなるほど。子どもたちにとっては本当に貴重な経験ですね。
まちづくりのコンセプトは「定住」ではなく、「放出」
古山:子どもたちには世界で活躍できるフィールドがあることも伝えたいんです。石巻の若い子たちは「田舎はつまらないから東京に行く」と言うんです。僕がそうだったように、都会に憧れを持っている。石巻から東京、東京から世界へと考えるんです。でも、わざわざ東京を経由する必要があるでしょうか?ITはPCとネット環境さえあればできるから、石巻から直接世界に飛び立つことも可能だし、それが夢ではないことを自分たちが証明できればと思っているんです。
ー「イトナブ石巻」では、マネタイズはどうされているんですか?
古山:子どもたちへの教育はボランティアなので、けっこうギリギリですよ。アプリケーションの開発やWEBコンテンツの制作の仕事をしてまかなっています。石巻工業高校という地元の学校での授業ももたせてもらっています。
石巻工業高校での授業の様子。
古山:今、地方の街の多くは定住促進をキーワードにまちづくりをしているじゃないですか。でも僕のコンセプトは「放出」なんです。震災以降、石巻には志のある人びとが県外から入ってきて面白い場所になりつつあります。でもこの状況は外部から手伝ってもらっている状況だと思うんですよね。だからこそ、どんどんこの場所から放出しないと滞留して昔の石巻に戻ってしまうような気がするんです。
余談ですが、石巻の商店街は長さ300メートルほどの小さな商店街です。でもそんな小さな場所に9つも組合があるんですよ。連携をとればもっと面白いことができそうなのに、それぞれの縄張り意識を持っている。この状況が滞った石巻を物語っていると感じるんです。若い子たちは学んだ環境が面白いと感じたら、そこに価値観を見いだすはずです。石巻から出た子供は将来的に石巻に戻らなくても「俺は石巻で学んだ。だからこそ俺も石巻をサポートしたい」と思ってくれるはず。だからこそエキサイティングな教育環境を作ってどんどん放出して、石巻にいる子供たちが触発されるような環境を作りたいと思っています。
古山さんは、かつて都会に憧れて石巻を出したひとり。でも「都会という場所に触発されたのではなく、都会にいる人々に触発されて今がある」と話します。「イトナブ石巻」はITの技術を教えるだけでなく、大人の背中を見せることで子供たちを触発させ、新しい挑戦をしようという心まで育もうとするチーム。震災から5年が過ぎましたが、2021年に1000人のIT技術者を石巻から輩出するというミッションの達成も、きっと遠い夢の話ではないと感じることができた取材でした。
彼らが毎年開催している『石巻ハッカソン』は、今年も夏に開催されます。アプリ開発未経験者も参加できるので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。