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群馬県高崎市にある「安産と子育て」にまつわる神社、山名八幡宮が2016年10月15日にリニューアルしました。

早くも県外からのお客さんが増えているという神社プロジェクトには、日本を代表するクリエイターとともに、地元クリエイターやNPO法人、働くママたちが多面的に関わっています。神主の高井俊一郎さんが目指したのは、840年の伝統を重んじる「祈りの場」であり、町の人々の「活動の場」となる、新しい神社のカタチです。

安産と子育ての神社が提案する、
お母さんのためのコミュニティづくり。

リニューアルのお披露目となった山名八幡宮秋季祭にはメディア取材も入っていて、新しい「祈りの場」と「活動の場」に注目が高まっていました。

「祈りの場」は、安産などのご祈祷を行う本殿、赤ちゃんと親族が揃って記念写真を撮れる神楽殿、お守りや縁起物を販売する授与所で構成されています。一方の「活動の場」には、子育ての悩みを共有できる親子カフェ、身体に優しい天然酵母のパン屋さん、地元の人々と一緒に築く子供たちが自由に遊べる広場などがあります。

神主の高井俊一郎さんは高崎市議会議員を8年間務めた経験があり、町づくりの視点を大事にしながら、神社リニューアルを構想。安産と子育てを軸に、お母さんたちが子育てをしやすいコミュニティづくりを行っています。また、クリエイターの方々が「祈りの場」のために考えたのは「百年後に残るデザイン」。近年注目が高まっている「まち作りとクリエイティブの関係」においても重要な視点だと感じました。

EDIT LIFEではプロジェクトに関わった5名の方々のインタビューを2回に渡って紹介します。初回は「祈りの場」のリニューアルを担当した建築家の永山祐子さん、バイヤー、クリエイティブ・ディレクターの山田遊さん、アートディレクターの加藤智啓さんにお話を伺いました。

神社のリノベーションに必要なのは、
百年後の人々にも受け入れられるデザイン。

まず、お話を伺ったのは建築家の永山祐子さん。ルイ・ヴィトン京都、木屋旅館などを手がける永山さんは、神社のリノベーションを行うのは初めてでした。今回、永山さんが最も大切にしたポイントは、百年後の人々にも受け入れられる空間づくり。

永山さん:『まず最初に考えたのはデザインの寿命です。山名八幡宮は八百年以上続く神社です。今回改修した内容が「あー、あの時代のね」とはならないように、時代を越えるものにしたいと考えました。だからと言ってただ伝統を重ねるのも違うかなと思いました。今の山名八幡宮の姿も時代ごとに改修や増築がなされ、本殿と社殿でも建築の年代が違っていました。今の時代なりの読み替えを行い、それが時代を超えたデザインにつながればと考えました』

永山さんは、まずは「引き算」をすることからリノベーションを開始しました。

永山さん:『社殿の建築部分については、そのままの状態で完成していると思うんですよね。ただ、中を初めて見たときに、様々な色の御簾や門帳がかかっていて違和感を感じました。ひとつひとつの「いわれ」を聞いていくと、特に決まった形式があるわけではなくて、長い歴史の中でなんとなく掛けられたものの集積だったんですよね。建築的に手を加えることはせずに、今ある装飾を全て剥がして、新しいファブリックで空間を編集し直したいと考えました。素材として選んだのは、白い透け感のある麻の布。山名八幡宮は安産と子育ての神様なので、赤ん坊の「おくるみ」みたいな無垢で純粋な白がいいなと。透け感のある白の向こうに神社を囲む緑も見えます。あと、もうひとつ気になったのが照明です。現代に入ってから合理的に明るさを得るために、蛍光灯を吊るす神社仏閣が増えたんですよね。山名八幡宮もそのひとつでした。でも、本来、神社建築はろうそくの光で下から上に照らし上げる光空間です。なので天井に絵が描かれていたりするんです。現代においてはそれが逆になってしまっていた。それをもう一度戻すために、蛍光灯を取り除いて下から上に照らすオリジナルの真鍮の照明器具を入れました。真鍮は光を反射させるとろうそくのように黄色い光を生みます。昔の状態に戻したんです』

神社は日常の延長にある非日常。
引き算をしてから、神聖な気持ちを加える。

本殿のほかに永山さんが手がけたのが、お守りや縁起物を販売する授与所と、赤ちゃんと一緒に記念写真が撮れる神楽殿です。

永山さん:『授与所はもともと社務所だった場所をリノベーションしました。こちらも「引き算」の考え方で、天井と壁の上部を取り除き、建物のまわりにある緑の風景が見えるようにしました。壁の部分をガラスに置き換えることで昔の屋根が浮いて見える構成にしています。また、夜になるとがらりと印象が変わって、空間全体が光で浮かび上がって見えるんですよ。

単に「引き算」と言っても解体を進めていくと、柱や梁にはどうしても、既存の壁やカウンターがはまっていた溝や掘り込みがでてきてしまうんです。それらを大工さんに一つ一つ丁寧に埋めてもらい、今では全く気にならないくらいに仕上がっているんですが、それでもよく見ると埋めた痕跡が分かります。ですが、この痕跡には人の想いがとてもこもっていて、その痕跡が神社の歴史の一部になっていきます。小さなことですが、痕跡と共に想いも積み重ねていくことは歴史ある場所だからこそできることであり、とても素敵なことだと思っています。

神社の素晴らしい所は日常の延長にある非日常だと思うんです。お守りを買いに来た人が、外から見ると一見何の変哲も無い建物に入った瞬間に向こうの緑が見えたり、抜け感があることで高揚感が生まれてちょっと神聖な気持ちになってくれれば嬉しいですね』

安産、子育てのご祈祷に来る人々のための、
家族がひとつになって写真を撮れる場所。

永山さん:『神楽殿は、安産、子育てのご祈祷にいらした方々の「声」に応える場所にしました。ご祈祷の後には、だいたいみなさん、赤ちゃんを御子安台という台に寝かせて写真を撮りたいんですよね。そのため、子孫繁栄のシンボルと言われる二股大根のイメージの前で、家族がひとつになって写真を撮れる場所にしました。神楽殿はもともとは板戸に囲まれた空間で、お神楽のために年に1回か2回しか使われていませんでした。その板戸をガラスに変えて、社殿と同じ白い麻の布で全体を包み、柔らかな光の中で写真が撮れるようにしました。外から見ると白い麻の布を透かして家族が赤ちゃんを囲んだ幸せな情景が見えます。それこそが奉納されるべき風景かもしれません』

人々の内面に寄添うお守りには、
ひとつひとつ丁寧な想いとジンクスを込める。

続いて、神社の授与品の監修を担当したのが、国立新美術館ミュージアムショップ「スーベニアフロムトーキョー」や現代のセレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」などの立ち上げに関わった、バイヤー・クリエイティブディレクターの山田遊さんです。山田さんがプロジェクトに参加してまず驚いたことは、お守りが作られる一般的な制作行程でした。カタログの中から色や柄を選ぶのが主流だったり、オリジナルでデザインをしても校正のためのチェックがなかったりと、クリエイティブ面でのクオリティ管理の現状に疑問を感じたそうです。

山田さん:『もともとお守りにはとても興味がありました。人の内面的な部分に寄添ったり、人が何かにすがる気持ちに対して何を差し出すか、という点で、普通のプロダクトとは考え方が全く違うと思うんです。使うための機能があるわけではなくて、そのもの自体に精神性みたいなものがあるわけですから。作る責任はとても重大ですよね。それにも関わらず制作行程にある様々な課題を知って、もっと人々の気持ちに応えられるお守りを作ることができるんじゃないかなと思ったんです』

安易で安価なプリント仕様ではなく、「織」で柄を表現することを前提として、山田さんはお守りのモチーフを山名八幡宮に関わるイメージから考えていきました。

山田さん:『安産のお守りなら二股大根のモチーフ。子宝であればご神木である陰陽神木の葉。ご神木そのものではなく、葉っぱにしたのにも理由があって、お子さんが欲しい方がご神木の葉をお守りの中に入れてもいいんじゃないかなと思ったんです。お守りって「人の想い」の話なので。そういう気づきや引っかかりを少しずつ込めていきました。模様にもそれぞれの「いわれ」を紐づけています。例えば安産のお守りは青海波の模様で、「海」は「産み」と繋がりますよね。子宝のお守りは亀甲模様で縁起がいいのはもちろん、その内側に1本線を足して子持ち亀甲という模様にしています』

ほかにも勝負ごとに良いとされる「太刀割りの石」をモチーフにした勝守りや、昔の人々の交通手段であり、山名一族が大切にしていた馬が描かれた交通安全守りなど、全てのお守りにひとつひとつ丁寧に想いが込められていました。

これまでの神社の「繋がり」から、
新しい「ものづくり」の可能性が生まれていく。

今回のプロジェクトで山田さんが大事にしたポイントも、やはり、「残すべきものは残す」という視点です。最終的にそのままのカタチで残った授与品は、山名八幡宮の象徴的なモチーフである獅子頭の張り子とお守り、絵馬など数としては少ないですが、授与品を作るメーカー自体は変えないと決めていたそうです。

山田さん:『デザインを変えても、山名八幡宮が築いてきた「繋がり」を残すことが大事だと考えていました。お守りが仕上がった後に、メーカーの方から「いつも、ここまでこだわってものを作っているんですか?」と訊かれたんですよね。僕としては普通の行程でしたが、「ここまでやったのは初めてです」と言っていただきました。そのメーカーは日本の寺社仏閣のもの作りを幅広く行っている会社で、その言葉は、自分たちの自信にも繋がりますし、山名八幡宮にとっても良いこと。また、その意識は波及していく可能性があるんですよね。0から新しいメーカーとモノを作るのも良いですが、全国の寺社仏閣ともの作りをしているメーカーであれば、そこからもの作りの意識が間接的に広がって行くかもしれない。その方がいいのかなと思っています』

これまでの歴史を見返すことから、
本当に大切な「宝」を探し出すことができる。

リニューアルにあたって山名八幡宮のロゴも新たに作られました。ロゴやお守りのアートディレクションをはじめ、神主の高井さんと打ち合せを重ね、山名八幡宮の本質や強みを客観的に拾い上げていく仕事をしたのが、アートディレクターの加藤智啓さんです。

加藤さん:『まず最初にしたことは、これまでの山名八幡宮の歴史の中で、神社に残っているものを総合的に見返すことでした。書籍を読んだり、神主の高井さんからお話を伺って神道についても学びました。というのも、まずは対象を知ることが一番の基本であり、重要なことだと考えています。そのうえで客観的に山名八幡宮の強みやこれから向かうべき方向性を理解したかったのです。初めてここに来たときには、安産と子育ての宮とわかるものが、目に見えるカタチとしてはほとんど境内に見当たりませんでした。今回、神楽殿に置いた二股大根の木彫の大絵馬も、蔵に保管されたままの状態でした。そうやって、山名八幡宮の「宝」みたいなものを丁寧に探ることからプロジェクトをスタートしました』

山名八幡宮が安産と子育ての宮であることを視覚化するために、加藤さんは1枚の絵を、緻密な群像画を得意とする画家の小柳景義さんへ依頼し、作画することにしました。そこには、神社の境内に多くの人々が参拝する姿が描かれています。

加藤さん:『神社の中を見返していく過程で、境内を描いた1枚の版画が出てきました。神社だけではなく、その周辺環境も図示されていて、山名という土地の全体像が上手く可視化されていたので、応用して使えるのではないか、と感じました。昔は参道に多くの人が並んでいたらしいのですが、近年、参拝客が減っていたので、まずは当時の賑わっている風景を絵におこしたいと考えました。この絵をよく見ると、実は妊婦さんがたくさんいます。他にも手をつないだカップルや子供たちがいたり、空を飛んでいる鳥の親子がいたり。命や家族をテーマに登場人物を描くとともに、陰陽神木や山名一族の神馬、太刀割の石など、神社内の名所をピックアップしました』

目指したのは時代を越えるデザイン。
そして、子孫を引き継いでいくイメージ

そして、加藤さんが作ったロゴがこちらです。ロゴを作ること自体にも、加藤さんの中では明確な理由が存在しました。

加藤さん:『神社には社紋があって、日本全国の神社はその紋を使っていいことになっています。ただ、日本には約4万社の八幡宮があって、ただ八幡宮と言われても山名八幡宮を想起させることが難しい状態にあります。そして、八幡宮は元々武運の神様としての性質が強く、安産と子育ての神様として崇敬を集めていくためには、そのギャップを埋める必要があり、安産と子育てにふさわしいロゴを考えることにしたのです』

新しい紋を考えるうえで加藤さんが大切にしたことも、建築家の永山さんと同じく100年単位のデザインを考えることでした。

加藤さん:『今回の案件は店舗のような短いスパンではなく、100年単位の仕事です。そのため100年後に今回のデザインが残っていなければ失敗だと思っています。昔からある家紋はシンプルな幾何学により構築されているものが多いので、新しい紋にもその考え方を用いることに。古事記の名場面を図示した『神代正語常磐草(かみよのまさごとときわぐさ)』という書物の中に「世界が3つに別れていく図」というのがあって、それを見たときに「子供ができて、その子供がまた子供を生む」イメージと重なりました。この絵自体は既に何百年という時が経っているにも関わらず普遍的な美しさがあると感じましたので、紋に適したディテールに調整することで、時代を越えるキャパシティのあるグラフィックを構築できるのではないかと考えました。もともとは円が下に連なっていたのですが、円をループさせることで「輪廻天性」や「子孫を引き継いでいく」イメージに仕上げています。夫婦になって、新たな命が生まれる想いも込めています。まわりの赤い三つの「山型の図形」は、山名八幡宮を“山名一族”が守り続けてきた象徴として設計し、ひとつの図形にふたつのグラフィックを共存させました』

晴れやかな家族の笑顔を支えるのは、
クリエイターのひとつひとつの丁寧な仕事。

おめでたいことに、加藤さん自身もこのプロジェクトの最中にお子さんが生まれました。プロジェクトメンバーは、「ご神木のムクの木に触ったご利益!」と盛り上がったそうです。秋季祭の日、奥さまと赤ちゃんと一緒に来ていた加藤さんは、参拝した後も神社のスタッフと打ち合せの時間を作っていました。

加藤さん:『僕が仕事で大切にしていることは、運営している人たちの「これからの日常」なんです。借り物を纏う感覚ではなく、その人たちが自分のものとして使いこなしてもらえる状況そのものを作りたいと思っています。デザインして終わりではなくて、今日も、お守りを授与するまで、どういう所作でお渡しすることがこの場に相応しいのかを一緒にお話したり。そういうことも大切にしています』

「祈りの場」のリニューアルに関わった3人のクリエイターは、それぞれが神社への敬神の念を大事にしながら、参拝者のためのデザインを100年単位で考えていた点が共通項だったと感じました。取材に訪れた日も、赤ちゃんを抱いた多くのご家族が神楽殿で記念撮影をしていました。晴れやかな笑顔がそこに生まれるのは、新たな命と子供たちの健康を願う神聖な場のために、すべてにおいて丁寧な仕事をしたい、というクリエイターの想いがあったからではないでしょうか。

次回は、「祈りの場」「活動の場」の構想を描き、山名八幡宮の未来予想図を引く、神主の高井俊一郎さんと、デザインコンサルタントの近藤ナオさんのインタビューを掲載します。

(写真:森嶋一也、編集・文:松尾 仁)

安産と子育ての宮 「山名八幡宮」
〒370-1213 
群馬県高崎市山名町1581
TEL:027-346-1736
http://yamana8.net

高井 俊一郎(たかい・しゅんいちろう)
840年以上の歴史を持つ山名八幡宮の神職(27代目宮司継承予定)。2007年から2015年には高崎市議会議員(2期)を務めた。國學院大学文学部神道学科卒。指導神職課程「明階」取得。また、早稲田大学院にて公共経営修士取得。神社がかつて担っていた公共の場としての役割を再構築するため、町づくりの視点で様々なプロジェクトを展開中。
日常的に人が集まる神社を目指し、日本を代表するクリエイターとともに、山名八幡宮リニューアルプロジェクトを立ち上げた。2014年には高崎青年会議所理事長を、2015年には高崎まつり実施本部長を務めている。

 

加藤智啓(かとう・ともひろ)

デザイン事務所EDING:POST代表。業種・業界の垣根を越え、コンセプトやブランド戦略の立案など、根本的局面から携わり、アウトプットまでを一貫して行う。依頼主が今まで歩んできた道のりを丁寧に読み解きながら、それぞれの歩幅に合わせた、最善の道筋を見つけ出すことを得意とする。
「OMOTESANDO KOFFEE」デザインディレクション、「fireworks」アートディレクションなど、今までに30以上のブランド開発に参画。

永山祐子(ながやま・ゆうこ)

建築家。青木淳建築計画事務所を経て、2002年に永山祐子建築設計を設立。『ルイ・ヴィトン京都大丸店』や横尾忠則の美術館『豊島横尾館』、小淵のホール複合施設『女神の森セントラルガーデン』、『カヤバ珈琲』、『木屋旅館』などを手がけている。主な受賞に2014年度日本建築家協会新人賞等がある。

 

山田遊(やまだ・ゆう)

バイヤー、クリエイティブディレクター。株式会社メソッド代表。IDEEを経て、 2007年にメソッドを立ち上げ、フリーランスのバイヤー、クリエイティブディレクターとして活動を開始。ショッププロデュース、イベントの企画、国際会議などへ贈呈される記念品の選定、グッドデザイン賞審査員など、様々な活動を行う。

主な仕事に『国立新美術館ミュージアムショップ』のサポートディレクション、『APEC JAPAN 2010』の各エコノミー首脳への贈呈品の選定協力、『国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会』の記念品等の選定協力及び企画・開発コーディネションなど。

近藤ナオ(こんどう・なお)

デザインコンサルタント。株式会社アソボット取締役。『まちの保育園』、『えがおつなげて』、『シブヤ大学』、『週末アドベンチャートリップ』などの地域活性化プロジェクトの立ち上げに参画。

現在はまちづくり的な視点を持ち、クリエイティブとビジネスを融合させた新規事業開発のコンサルティングなどを主に行っている。

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