アートが部屋にあると、毎日の気持ちが少し軽やかになります。朝、目覚めたときや、仕事から帰宅したと、夜中にコーヒーを飲むとき。それぞれの時間を静かに一緒に過ごしてくれるのがアート作品の魅力です。
未来の価値の試算ではなく、
生活の一部になるアートを選ぶ。
アートの購入はハードルが高いように感じますが、「自分が好きな作品であること」、「部屋のテイストに合うこと」を考えて検討するのがいいと思います。個人的には10年後に値打ちが何倍になるという試算ではなく、好きな作品と生活を過ごし、アートが生活空間の一部になっていくことに喜びを感じます。
EDIT LIFE では、これまでに作家、西加奈子さんの絵画展『サラバ!』、写真家、若木信吾さん×アーティスト、マイク・ミンさんの作品展『Let’s go for a drive』を開催しました。
西加奈子「サラバ!」作品映像
自分が信じるものは、自分で決める。
『サラバ!』は大切なことを教えてくれる。
直木賞を受賞した小説『サラバ!』の表紙は、たくさんの絵がばらばらになってコラージュされています。小説はひとりの男の半生を描いた作品ですが、自分が信じるものは一度分解して、再構築することが大切なのだと教えてくれる作品です。だから西さんは登場人物たちの大切なものを絵に描いて、ばらばらにレイアウトする表紙にしたのではないでしょうか。
絵に描かれたのは、キリスト、ブッタ、神社、レコード、花、猫……。ある人にとって大切なものは、ほかの人にとっては、どうでもいいものかもしれません。でも、その人にとってはかけがえのないもの。「信じる」とは、自分自身が何を大事に思うかという決意でもあります。
小説『サラバ!』の登場人物たちは、それぞれ喜びや悩みを抱えながら、時代を生きていきます。小説を読んだあとで絵を観ると、彼らが大切にしていたものを思い出すとともに、「では、自分はいったい何を信じるのか」を考えるきっかけを与えてくれます。クレヨンの力強いタッチで描かれた作品はどれも個性的で、「自分の大切なもの」を再認識させてくれる作品だと思います。
絵のモチーフの詳細は小説を楽しんでいただきたいので控えますが、個人的には「猫」と「巻貝」の絵が印象的でした。小説の中でも大切なモチーフとして登場していて、人間の考える価値基準はときにあやふやで滑稽で、だからこそ自分で信じるものを見つけることが大事なのだと感じました。EDIT LIFEのオンラインショップでは西さんの絵、「ブッタ」、「神木」、「カーバ」、「神社」を引き続き販売しています。
若木信吾とマイク・ミンが、
約20年振りに新作を発表。
若木信吾さんとマイク・ミンさんの『Let’s go for a drive』は、1990年代にアメリカを横断しながら制作したふたりの代表作。若木さんが撮った写真に、マイクさんがペイントを施した作品は、同じ風景を見たふたりの視点がレイヤーとして重なっています。
そして約20年振りに、ふたりが同シリーズをシンガポールで制作したのが『Let’s go for a drive in Singapore』です。
常夏の小さな島国シンガポールは、アジア経済のハブであり、厳しいルールが存在する都市国家。その一方で、出会う人々が優しい国でもあります。
波のない海、熱帯夜、ジャングルのような墓地、金融機関が立ち並ぶ都市の一面。ローカルのクリエイティブな人達を訪ねることで、アジアのメルティング・ポットと呼ばれる所以、例えば、人種の多様性、経済事情、保障など、このマレー半島の南端に建立する都市国家が円滑に機能するための基礎的ルールを再発見したのが今作です。
このシリーズにはポラロイドサイズと大判サイズがあって、ポラロイド作品は旅をしながらノートブックに写真を貼り、そこにマイクがペイントを施していったもの。
写真にペイントが加わることで、
ストーリーが浮かび上がる。
今回の記事では経済大国であるシンガポールの、もうひとつの顔が見える作品をセレクトしました。ポラロイド作品は写真のように額装してお届けします。
撮影に訪れた日、シンガポールではF1のナイトレースが開催されていました。レースは街の公道を走るのですが、コースには壁があって入場客以外は観戦できないようになっています。マイクが、その壁をカラフルな「MAGIC WALL」に仕上げた作品。
シンガポールのイーストコーストパークから見た海の景色。海上には数多くのタンカーが停泊しているのも、シンガポールならではの光景。サーフィンを愛するマイクさんらしいタイトル「NO SURFING」と、「OH BEAUTIFUL SINGAPORE. YOUR DICOTOMY IS SOO EXTREME」の文字が描かれた作品。
1965年、シンガポールはマレーシアから独立分離して国家が誕生しました。いまでは草原になっているこの道には、かつてシンガポールとマレーシアを結ぶ鉄道が走っていました。かつての歴史をカラフルに表現した作品。
シーアクアリウムで出会った海の巨魚。幻想的なブルーの世界を悠々と泳ぐ魚に、マイクさんがエメラルドグリーン、ブルー、イエローのドットでペイントを施しました。
シンガポールの街を散歩しながら気になるものがあると、若木さんがシャッターを押す。マイクさんのペイントが加わることで、その景色は新たな表情を見せる。バイクが並んでいる一般的な風景がストリート感のある作品に。
ペイントを許したのはひとりだけ。
ふたりの絆の深さを感じられる作品。
シンガポールでの撮影を終えたふたりは、それぞれ東京、NYに戻って、大判の作品制作に取りかかりました。東京でプリントした写真をNYに送り、マイクさんがペイントを施して2015年に作品が完成しました。
「JPHOR BAHRU・2014」
シンガポールとマレーシアの国境を担うジョホール海峡。作品はマレーシア側からみたシンガポールの街並と、二国を結ぶジョホール・シンガポール・コーズウェイ。コーズウェイに沿って存在する白いパイプは水道管で、国土が狭く高い山がないシンガポールは、マレーシアから水を購入している。二国の国境に、マイクさんがピンク、赤、黄色のグラフィカルなペイントを描いた作品。
「ANCIENT MAGIC」
シンガポールの仲間に紹介してもらったTATOO ARTISTの仕事場。マイクさんのペイントによって、模様をまとった男がTATOOを施しているような世界に。「ANCIENT MAGIC」とは古代から続く魔術という意味で、存在感のある男らしい作品。
若木さんは、1996年に初めてマイクさんとコラボレーションしたときから、自分の写真にペイントを施してもらうのは、マイクさんだけにすると決めたそうです。『Let’s go for a drive』のシリーズは、仕事仲間であり友人でもある、ふたりの絆の深さも感じられる作品です。
作品が好きであるとともに、作家の考え方や生き方に共感するものがあれば、その作品は自分にとってより価値のあるものになります。部屋に飾って毎日観ることで、自分の大切なものを、日々、確認できるのもアートの魅力ではないでしょうか。
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